ごちゃまぜブログ

今までだって全てを助けられていたわけじゃ全くない。

2020.04.05.Sun

カテゴリ:未来へ

投稿者:菅原 健介

医療崩壊で助けられた命が助けられないっていうけど
そもそも今までの枠組みで『助けられていた命』が
助けられなくなるだけなんだと思う。

今までだって全てを助けられていたわけじゃ全くない。
*ここの認識を持ち直す必要があると思う

僕は自尊心を失うことは、人間の一つの死だと思っている。

こどもが学校でいじめ続けられる環境があったり、
親から虐待を受け続ける環境があったり、
身を売らないと生きられない女の子がいたり、
認知症(障害)への偏見や人権侵害を受ける環境があったり

結果として、そうしたところで『生きる希望』を失っている人の数は
10万や20万人なんかじゃない、桁が違う人数いると思う。

自殺していく人の数は前回投稿したけど
毎年2万人を超えているわけで。10年で30万人。。。

これらはそもそも『助けられる命』の枠組みにはいってないので
社会としては『仕方ない』で終わっていたから問題にならない。

認知症高齢者や精神疾患なんて、すげー迫害受けてきて
人生の最後に『死にたい』って言っているなんてザラだと思う。

『医療』崩壊って、既存の枠組みがしっかりしているので
壊れそうな時に、むちゃくちゃ分かりやすいんだって。

学校閉鎖や外出自粛なんてやったって、
代わりに学童や学習塾に子どもは集中して
3密空間で過ごしてるぜ。
その状況をみんなは知っているのかな?

こんな状況で土日だけ自粛なんて、ちゃんちゃら笑えてしまう。

外出を自粛することで、生き詰まる人たちのフォローは?
つぶれていく中小企業の人たちは?

救えたかもしれない命を守るために、
結果として、本来いつも通りに過ごせていたはずの人たちが追い込まれる。

人生の最後を施設で過ごしている人が会いたい人に会えず
亡くなっていくのは仕方ないことなの?
(今は施設や病院なども、面会に行けないところが多い)

それって、ある側面からみたら
医療崩壊より大変じゃね??

ひとりひとりが考えながら全体的にも
適度に自粛していく方が健全だと思うなぁ。

今まで救えると思っていたものが救えないとか
枠組みのフレームが変わっていくだけな気がしてる。

焦らないで、適度に自粛しながら、
適度に楽しく暮らすってスタンスを僕はとっていきたい。

ということで、今から公園いって花見します。

*不要なコロナ拡散の環境は避けた方が良いという前提
なので、自由にさせろって話じゃないです。

例えば、僕は大好きな居酒屋に行きたい。
だったら、例えば、外出自粛すんじゃなくて、
1日(一定時間)1組だけに限定してオープンしてもらって
通常は2000円/食だけど、貸し切りだから1万円/食
になるけど、いいかい?みたいな、客と店の助け合い。
そういうのやりながら、継続するって方が個人的には好き。

飲食だって、フィットネスジムだって、イベントだって
全面閉鎖にしないで運営する方法だってあるとおもうんだよな。

どう、それを生み出すかを各自が考えるのと同時に
そこに国の予算つけたらいいと思う。
って、そこを考えられる人がいないのか。。

じゃあ、ぐるんとびーデザインにご依頼を☆

医療崩壊で助けられた命が助けられないっていうけどそもそも今までの枠組みで『助けられていた命』が助けられなくなるだけなんだと思う。今までだって全てを助けられていたわけじゃ全くない。*ここの認識を持ち直す必要があると思う僕は自尊心…

菅原 健介さんの投稿 2020年4月5日日曜日

この記事を書いた人

菅原 健介

代表取締役、理学療法士

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